てんぴかソングブック

ポップカルチャーのレビュー中心です。やっと50記事超えたので、次は100記事まで。

幸せってなんだっけ!?ある種のホラー映画 『マイレージ、マイライフ』の虚構

この記事をシェアする

Up in the Air (English Edition)

 『マイレージ、マイライフ』(原題:Up in the Air)は2009年にジョージ・クルーニー主演で公開されたジェイソン・ライトマン監督の作品。

 内容はリストラ宣告代理人として主人公が、雇用主の会社の代わりに従業員に対してクビを宣告する仕事で常に飛行機で全米を飛び回っています。そして、独身貴族で家族を持つつもりもない主人公は、仕事で飛ぶと自然に増えるマイルを貯めることで最終的に1000万マイルを達成することだけを人生の目標としています。

 この映画で勘違いさせる点は、

日本版のタイトル『マイレージ、マイライフ』とジャケット「美男美女が微笑みあっている」のを見てスタイリッシュな大人の恋愛映画だと思ったり、上記の予告編の最後のように「人生のスーツケース詰め込みすぎていませんか」と洒落た人生訓がある映画のように思って観てしまうことです。

 多分日本の配給会社は騙す気満々だったはずです。たぶん上の正規のタイトルジャケットでは一億総白痴化の日本では誰も興味を持たないのでは。またこの後の作品の『ヤング≒アダルト』(2011)でも同じ手口でジャケットを差し替えたりしてます。さすがに騙すことは不可能だと悟ったのか『タリーと私の秘密の時間』(2018)はそのままのジャケットでタイトルも名前から内容を補完しています。

 公開当時、騙されてカップルで観に行ってこれほどどよ〜んとした映画もないとは思います。

 アルマゲドンみたいに行って帰ってくるだけの単純なアメリカンムービーなら問題はなかったとは思いますが、この映画はジェイソン・ライトマン作品、もちろん「時間」が重くテーマとして錨を下ろしているからです。

スポンサーリンク
 

 この監督の作品の特徴とは

 主人公の持つ「幻想」、「妄想」、「空想」と言った要素を主として「時間」をテーマに扱った作品が『マイレージ、マイライフ』(2009)、『ヤング≒アダルト』(2011)、『タリーと私の秘密の時間』(2018)となっており、本作だけが原作付きで監督の脚本の映画となっています(他の二作品はディアブロ・コーディの脚本で女性が主人公)。ですので、私は勝手に時間三部作と呼んでいます(『Juno』(2007)は女性三部作なので別)。

 時間三部作の第二作である本作は、「現実」と「虚構」のテーマが「時間」を軸に入れ子構造となって幾重にも折り重なったり、入れ替わったりする見事な脚本を基に作られています。

 はじめに描かれるのが、主人公は時代遅れの現場主義で非効率な直接会って解雇を告げる面倒な仕事のやり方を取っている中年男性です。

 それに対して、一緒に行動するのが、新卒の部下で現代的な最先端の間接主義でマニュアルに沿ってチャットで効率的に解雇を告げる簡単なやり方を取ろうとする若手の女性です。

 しかし一方で、主人公の実際の生活は仕事のやり方とは違い飛び回る各ホテルの部屋こそ自分の家で、生活の中にある煩わしさを時間の無駄であると切り離し、家族も持たず特定の恋人も作らずに、そんな生活は人生の浪費として、バックパックに詰められるくらいの軽い効率的な生活こそが人生だと主張します。そして、一般の生活は時間に縛られ、幸福を知らないとまで言い切ります。

 またそれとは対照的に、実は女性の部下は恋人と一緒に住むために今の仕事を決め、将来の理想もあり、家族を持ちたいと考えて地に足がついた生活こそが幸せな人生だと主人公とは真逆の考えを持っています。

スポンサーリンク
 

 それにもかかわらず、仕事のやり方では現場主義の主人公と間接主義の部下のやり方は真っ向から対立していきます。

 なので主人公は、現場を教えようと部下を一緒に仕事へ連れ出して、主人公は自分たちがしている仕事は人の人生を扱った仕事であり、それぞれが違う人生の重みを背負っているので簡単にチャットで終わらせることができないものだと教えようとします。

 そう言った衝突を繰り返す中で、主人公は理想の相手に出会ったり若い部下の影響を受けながら少しずつ変わっていきます。また若い部下も実戦で仕事をしていく中で、主人公の影響を受けながら成長していきます。

 しかしながら、話が進んでいくとお互いに別れや失敗から自分個人の「時間」の重みに気づきます

 一方がやり直しのきかない中年で、もう一方がやり直しのきく若者です。そして、他人の人生の重みを扱っていた主人公が、現実の幸せを求めて自分の人生に目覚めた時に、帰る場所も家族もなく、自分の人生が空の上にしかなく全てが虚構で、これまで浪費した人生の比喩としてマイレージが最後にたまりきることで、その虚しさに完全に気づきます。そして、取り返しのつかない空っぽの人生の「時間」の重みがのしかかるところで映画が終わります。

マイレージ、マイライフ (字幕版)

マイレージ、マイライフ (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

  最後に

 この映画では、内容だけでなくちょっとした会話でさえも現実と虚構といった概念を主人公と部下の中で入れ替えたりしながら深めていきます。

 また、映画で出てくる場所も基本的に飛行場、オフィス、ホテルの三点のみです。全てが無駄なく完璧に「時間」のテーマに沿った会話劇の映画です。

 だけどそれとは別に、この監督は女性のカラオケ、パーカーフェチです。それだけは自然に入れ込んできます。あと、上の日本版のジャケットを見てください。最初に言った通り騙すつもりだったと映画を観るとそう見えてきませんか。

 最後に、この映画も「時間」の浪費を使って、人生の「時間」とはと考えさせてきます。だから、ちゃんと観終わった時にこの映画のことを考えると怖くて夜も寝れなくなります。やっぱり怖いよ、この監督は。感動で泣かせないで、悲しみと恐怖で泣きたくなります。『ヤング≒アダルト』『タリー』と一緒で、『マイレージ、マイライフ』も一種のホラー映画です。

 

スポンサーリンク