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全ての女性に贈る!?全ての女性の幻想を壊す!?映画『タリーと私の秘密の時間』

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【映画パンフレット】タリ―と私の秘密の時間 

 『タリーと私の秘密の時間』(原題:Tully)は2018年にシャリーズ・セロン主演、ジェイソン・ライトマン監督で公開された映画です。

 内容は、2児の母親として家事と育児に追われた疲れた中年女性が、新たに3人目を妊娠して疲れ切った状態で始まります。そして、2人の子供はまだ小さいので手が非常にかかる上に、仕事が忙しくて家庭に気を配れない夫や、今まで一人で全てをこなしてきた鬱憤が溜まりに溜まって、自分の「時間」が取れず追い詰められています。しかし、ある晩から夜間限定のベビーシッターが家を訪れるようになり、これまでの余裕にのない生活からガラリと変わって自分の「時間」を持てるようになります。

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 また、ベビーシッターで夜に訪れている彼女「タリー」はおしゃれで快活な大学生でありながらも、家事育児全般を全て完璧以上にこなして朝には帰っていきます。それに加えて、美味しいお菓子を作って主人公をもてなしたり、代わり映えのしない生活に新たな刺激を与えて、つまらないと感じていた生活に彩りを与えてくれる光のような理想の存在です。そして、この「タリー」と主人公の共有している「時間」がだんだんとかけがえのない「時間」となっていき、主人公は女性としての輝きを取り戻していく内容で映画は進んでいきます。

 それで、この映画の大体の内容は進んでいくのですが、公開当時なんとなく映画を観に出かけて、映画館の前のチラシを見て、ただあの美人女優のシャリーズ・セロンが20kg近くこの役の為に増量したと書かれたところだけに目がいって暇だから観ることにした映画でした。

 映画を観る前は何にも期待なんかしていませんでした。

 ただ、独身及び主婦受けを狙った女性忖度映画といいますでしょうか、世の憧れの美人を太らせて醜く見せることで女性特有の嫉妬心を満足させ、なお且つやたら主婦に都合が良すぎる友達のような最高の召使いドラえもんを登場させて鬱憤を解消させるためだけの映画だと、観始めて最後の方まではなんだかなーと阿藤快のように思っておりました。

 やっぱりこういう都合のいい映画にセックス・アンド・ザ・シティが好きな女性層は萌えてしまうのだろうなと、だけどこの映画はシャリーズ・セロンのだんだんとどぎつくなる綺麗なメイク顔も見れたしまあいいかと我慢して、『フランシス・ハ』を観に行った時のようにおしゃれこじらせ女子たちに囲まれた状態で観ることになんとか耐えておりました。

 しかし、映画を最後まで見た時に全く予想していなかった結末に驚いてしまって、この映画の評価は180度変わってしまい、2018年に観た映画の中で一番頭に残った映画になりました。

 結末がわかってしまうと全くこの映画が面白く無くなってしまうので、それを書くことはありませんが、女性に都合のいいドラえもん映画が観たい人は最後まで観ずに途中でやめることをおすすめして、映画が好きな人は最後まで観ることをおすすめします。

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 観終わった後の女性たちのあの沈黙、この監督は鬼だな、誰だと終わった後クレジットを確認して納得しました。

 あの女性にやたら厳しい映画を撮る第一人者、ジェイソン・ライトマン監督、及び脚本が女性攻撃をさせたら右に出る者がいない女性脚本家ディアブロ・コーディでした。観ているおしゃれこじらせ女子に「タリー」と自分を重ねさせ、主婦には主演のシャリーズ・セロンになったような気持ちに持っていって、本当に気持ちのいいところで、急にたたき落とします。

 それにしても、どんどん巧妙にこの監督脚本家このコンビはなっています。いい意味で悪すぎます。前二作(『Juno』『ヤング≒アダルト』)は観ていてだんだんと現状への嫌悪感や失われた「時間」について考えさせるような内容で、最後はその重みについて改めて考えなさいと終わっていましたが、今回は本当にひどい。いい意味でひどい。

 もう一度繰り返しますが、だんだんと「時間」がない不満を解消していって、「理想」の完璧な女性を登場させて、主人公もだんだんと「理想」の自分や「時間」を取り戻していって、完璧に気持ちよくさせてお花畑まで連れていったところで、突如落とし穴へドーンです。

タリーと私の秘密の時間(字幕版)

タリーと私の秘密の時間(字幕版)

  • 発売日: 2019/04/03
  • メディア: Prime Video
 

  そして話はあの時の劇場に戻りますが、観た後怖くて周りは見れませんでした。

 自分の不満を解消してくれた世の女性の代弁者たるあの涙を返せ的な表情は想像しただけで見れません。洋服まとめて逃げ出すように映画館は後にしました。そんな中急いで逃げなきゃ撲殺されます。

 最後に、

 やっぱりこのジェイソン・ライトマン、ディアブロ・コーディのコンビは女性に最も厳しく容赦のない映画を作ります。女性受け女性受けと猫も杓子も行っている日本であまり強く宣伝をかけなかった理由は言わずもがなです。だから、さすがにこの時は単舘系の映画館中心だったのでしょうか。

 それにしてもこの監督は中年浦島太郎映画にこだわりますね。中年の危機時間三部作の『マイレージ、マイライフ』『ヤング≒アダルト』と一緒で、、、。もちろん監督はパーカーも着せてます。カラオケもさせてます。

 

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