てんぴかソングブック

ポップカルチャーのレビュー中心にとりあえず50記事目指してみます

この世にあるのは全て自分の幻想だけ 映画『パラノイドパーク』(2007)ガス・ヴァン・サント監督作品

この記事をシェアする

日本版劇場オリジナルポスター★『パラノイドパーク』/ガス・ヴァン・サント監督 、ゲイブ・ネヴァンス

 映画『パラノイドパーク』は2007年にガス・ヴァン・サント監督・脚本(『グッド・ウィル・ハンティング』『エレファント』)によって公開されたアメリカ・フランス映画です。カメラマンはウォン・カーウァイ監督作品でお馴染みのクリストファー・ドイルと中国人女性カメラマンのレイン・キャシー・リーの非欧米圏の二人によって撮られています。

 この映画は2007年のカンヌ国際映画祭60年周記念特別賞受賞作品となっていますが、監督の撮った作品の中でもとりわけ知名度が低い部類で、意外と見過ごしている人は多いのではないでしょうか。

 まずこの作品には見所がこれといってなく、物語としても非常に曖昧で、それに追い打ちをかけるように映像表現も詩的で曖昧な表現に終始しています。

 そして、特にこの作品は、監督の映画の中でも脳内イメージが強く働いているように感じてしまうので、観た人たちが他人に物語の説明をしづらいことも、見過ごされる原因なっているのではないでしょうか。

スポンサーリンク
 

 映画の内容は、ポートランド郊外に住む16歳の少年アレックス、夢と希望で胸いっぱいの10代とはいかずに、誰にでもあるような悩みなのか焦りなのかわからない思春期特有のモヤーとした感覚に支配された日常を過ごしています。また、現代社会では映画でも、現実でも当たり前になった多感な時期に起こる様々な問題に直面している様子と共に物語は行きつ戻りつ進んでいきます。

 例えば、両親の離婚問題、つまらない学校、セックスの問題、子供でも大人でもない悩みなどです。おそらくそれで、悩んでいる自分が他人に感じた疎外感を忘れるための気晴らしに、そういった同じような問題を抱えた青少年たちの集まる違法なスケート場“パラノイド・パーク”に惹き寄せられるように通い始めています。そして、そこで一つの秘密の罪を抱えることがこの物語で一番大きく見えるトピックになっています。

 また、この映画の主人公は常に白けているので、何かに興奮したりもしないし、怖がっていることも特にありません。自意識が高まりすぎて、ほとんど黙って自分の殻に閉じ籠ったような状態で、他人に心を開くことも終始ありません。セリフもほとんど削ってあるので、非欧米圏から来たカメラマン二人のローファイで断片的で幻想的な映像表現によってより一層主人公の自意識の高まりといったような感覚が強調されているように感じます。

 加えて、何事にも白けているので、今の自分が直面している問題のどれにも没入することがなく、いわゆる映画的に問題を乗り越えるとか解決して人生が変わるような結末が一切ない映画です。

スポンサーリンク
 

 繰り返しになりますが、映画の中で時間は主人公の少年の記憶と今現在の時間を行ったり来たり、明確に分けることなく一緒くたにして進んでいます。だから、最初から観ていても、現実なのか、記憶の中の話なのか、これから先の想像の話なのか、最初から最後まではっきりしません。

 そして最終的には、映画の中で少年は新しい自分の居場所“パラノイドパーク”に出会って、罪を抱え、そのことによって秘密を抱え、それを燃やして終わりにします。

パラノイドパーク [DVD]

パラノイドパーク [DVD]

  • 出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント
  • 発売日: 2008/09/26
  • メディア: DVD
 

  しかしながら、この物語がそもそも、映画の中で本当のことだったのか、主人公の意識の産物なのか最後まではっきりしていません。そもそも何も解決しないままで終わるので、一切この作品にはメッセージがないのではと感じられます。あくまで、少年の純粋でもないし、邪悪でもない目を通して観た現実の中の虚構を詩的に描いた映画だと思えるからです。

 つまり、現実を描いているはずなのに、観た人が自由な解釈やイメージを促される映画だと思いました。だから、結論を考えず疲れた時にボーッと観るのがいいと思います。どこにも答えなんてないですから。

スポンサーリンク