てんぴかソングブック

ポップカルチャーのレビュー中心です。やっと50記事超えたので、次は100記事まで。

SFの括りではもったいなさすぎる!もっと多くの人に読まれるべき小説『神狩り』(1974) 山田正紀

この記事をシェアする

神狩り (ハヤカワ文庫JA)

 『神狩り』は1974年に山田正紀によって書かれたデビュー作で、日本のSF小説の古典と言われる作品らしいです。

 らしいと書いたのは、そもそも山田正紀さんのことを全く知らなかったのと、日本の SF小説と言われるものを全く読んだことがなかったからです。海外の翻訳SF小説は、マニアックなところまでは読んではいませんが、映画化されたような有名な作品は大体読んでいる程度でした。

 そう言った海外のSF小説を読んだ時に感じたことが、大体が宇宙や科学のことを中心に空想の世界が広がるのですが、いわゆる発想が飛躍しすぎていて子供っぽい感じがしたり、つまらないと感じることが、予想と違って意外と少ないことでした。普通の文芸小説よりもハズレが少なくて、内容も今現在の状況をこうしたらどうなるかと作者の視点からどんどん飛躍させた結果、その超現実の世界が描かれていることが多かったからです。

 だからこそ、現実世界とのバランスのとれた世界が広がり知的創造の興奮にかられることも多かったです。そして、つまらないことの多い日本の現代小説よりも海外SF小説の方が、内容が読んでいてまともだという印象の方が強かった。

 前置きが長くなりましたが、しかし何故日本のSF小説の古典と呼ばれる『神狩り』を読もうと思ったのかと言いますと、先日このブログでも触れた押井守監督のインタビューで映画『イノセンス』のノベライズを山田正紀さんに頼んだ話が出てきたのを読んで、その中で『神狩り』を絶賛していたことを読んだことがきっかけになったからです。内容については触れられていなかったので、先入観なくじゃあ読もうと言った感じです。

スポンサーリンク
 

 衝撃のヴィトゲンシュタインの出てくるプロローグ

 それで実際に買って読んで見ると、1ページ目から驚きました。ユダヤ人哲学者のヴィトゲンシュタインの神についての論理と非論理の世界の一節が書かれているからです。そして、次のプロローグではヴィトゲンシュタインがアイルランドの海岸で孤独な生活を送っているシーンを描き、その中でヴィトゲンシュタインが思索を巡らしている回想を見事な描写で描き切っています。

 そして、そのプロローグの中で『論理的哲学論考』の中でも有名な命題「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない」をうまく提示していきます。そして、その中でヴィトゲンシュタインに今ここで新たな呪いを受けるかもしれないがそれを語ろうと決意させます。しかし、最後に1行、死んでしまったと急に書いて締めくくります。普通こう言った文章は本文の内容を強調しようと肩に力が入りすぎて野暮になっていることが多かったり、最初に壮大なテーマの大風呂敷を広げた結果最初のテーマよりもダメな内容で幼稚な小説に尻すぼみしていくことが多いと思う。

スポンサーリンク
 

 例えば、ただプロローグとは名ばかりで、その本意が意気込みとカッコつけのためだけの装飾的なことに終始したものの多い小説や漫画に限った話ではないですが、音楽でもイントロがカッコいいのにその後の曲がイマイチだったり、映画でもこれは歴史的名作やアカデミー賞受賞確実と煽られて観に言ったはいいが、最初の煽り以外二時間無駄にしたような経験は誰にでもあるはずです。こういった煽りは却ってない方がいいくらいです。その方が期待がない分却ってマシです。

 しかしながら、この小説はそのプロローグのヴィトゲンシュタインとその命題「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない」が見事な物語の導線の役割を果たしているので、それだけでも作品としての完成度の高さがすごいと読んだ時に思いました。ヴィトゲンシュタインと小説ばかり読んでいる人には馴染みのない大哲学者を出してきて知識をひけらかしたかった訳でもなく、これから物語を読むために必要なことだから作者はおそらく書いてくれています。

スポンサーリンク
 

 見事なプロローグからの本編の内容

 そして本編の内容とは、情報工学の機械翻訳の天才の主人公が畑違いの古代遺跡の古代文字の解読を作家に手伝ってみないかと誘われ落盤事故に遭うところから始まります。その時、遺跡の中で模様にしか見えないものが、文字だと作家に告げられたところで落盤事故が起こり作家は死んで、自分は助かるがその際に幻覚とも言えないような超常現象体験をします。

 また、その模様なのか文字なのかわからないものが、人間の論理を超えた非論理の世界で使われている文字・言葉なのではないのかと仮説を立てて調べ始めていくところから物語は進んでいきます。つまり、その文字は一体何が使っているのだろうかと、その目的は何なのだろうかと。それは、人間が知覚できない非論理の世界の神の文字・言葉なのではないのだろうかと、情報工学という完全に論理や数式だけに支配されている人間が証明しようとする面白さがあり、それをしようとすればするほどに説明のできない非論理の世界に巻き込まれていく、逆説的な物語で綴られていきます。

スポンサーリンク
 

 おまけに、主人公はただ落盤事故にあって孤独に解読作業を進めていく物語になっている訳ではなく、物語を飽きさせないように神の文字を解読して権力を得ようとする人たちとの争いや陰謀に巻き込まれながら主人公はどんどんと話しの核心のへと向かっていく作りになっています。加えて、神の文字という壮大なものに向かっていく主人公に対比させるように、社会生活上必要なくだらない大学の仕事や人間関係などもうまく織りまぜることによって、人間とは何と目の前のことばかりで些細なことに気を取られてばかりいるのだろうかと感じさせてしまう社会批判があるのも面白いです。それに俗にいう超能力者や超常現象を絡めていくので、巧みな展開とともに飽きさせずに最後まで物語は読まされてしまう見事な作りの小説です。

神狩り (ハヤカワ文庫JA)

神狩り (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 山田正紀
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/04/05
  • メディア: 文庫
  • 購入: 4人 クリック: 16回
 

  最後に作品全体の感想とまとめ 

 感想としては、主人公が一応人間にしてあるのですが、実際にはテーマの「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない」が人間ではないのに主人公になっています。それにもかかわらず、最後までその神と呼ぶしかない存在を出すことも直接描写することもなく進めていく見事な小説として作られています。

 加えて、本当に読めばわかるのですが、この作品『神狩り』はSFという括りは完全に超越している見事な小説で、これは日本の純文学と言っても差し支えないと感じられる物語です。この小説の発表された1974年の芥川賞は該当作がなかったようですが、この小説が選ばれていても何ら不思議はありません(この賞がいいか悪いかは別にして、日本最高の新人賞と言っているならば)。

スポンサーリンク
 

 しかし、日本のSF小説を読んでいる方々の間では当然有名なのでしょうが、この小説のような素晴らしい作品を本当に広い意味での文学の古典として紹介しないのは非常にもったいないと思います。不思議なのですが、普通の作家と呼ばれる人の話で名前が挙がったのは見たことがないです。

 だから、押井守監督の話がなければこの小説は読んでいないです。よくわからない世界ですが、日本の文壇ってジャンルわけされると見向きもしない分断している人たちの集まりなのでしょうか。 

スポンサーリンク