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映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』タランティーノ最新作 中年の危機に絡み合う複数のあらすじの感想

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 金曜の夜に暇だったので、クエンティン・タンランティーノ監督脚本の最新作『ワンスアポンアタイムインハリウウッド』(原題:Once Upon A Time In Hollywood)を家の近所のシネコンで観てきました。

 内容はレオナルド・ディカプリオ扮する西部劇のTV俳優(おそらくモデルはクリント・イーストウッド)とブラッド・ピット扮するそのお抱えスタントマンのバディムービーです。話としては映画よりも格の低いTV俳優として中年になりだんだんと落ち目になっている俳優と、その俳優の専属スタントマンなので自ずと落ち目になっているスタントマンがいつも一緒にいるところから始まります。

 そして、TV俳優としての岐路に立つ中で、アルパチーノ扮するエージェントにお前はこのままじゃかませ犬だとイタリアに行ってマカロニウエスタンに出てこいと咎められているのか、励まされているのかわからない発破をかけられます。それで追い詰められた気持ちになる主人公たち、、、。

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 だからと言って、そこはタランティーノ作品です。それで主人公たちは苦悩し追い詰められて、狂気乱舞しとんでもない展開に、、、とはなりません。

 この監督はキャラクターの内面を掘り下げていって、普遍性を獲得するような映画は作ることが苦手というか、できないので、いい意味でというのか期待通りの薄っぺらさです。いつも通りにこういう人いてこういう会話あるよねみたいな感じで流していきます。

 だからこそ、あくまで役を演じる役者ではなく、演技が下手で型取りのことしかできない俳優の二人を、落ちぶれているTV俳優とスタントマンとして当てていることは、皮肉ではありますがピッタリの配役と言えました。このいい意味で表層的な内容の映画に、もしこの二人と同じ年代で、逆に今脂の乗っているホアキン・フェニックスやマシュー・マコノヒーのような役者を配役したらスター俳優のような集客力は見込めないので、大コケするし駄作認定されちゃいます。腐ってもディカプリオとブラピは鯛ではありますから、画は持ちます。

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 肝心の物語の軸は複数あり多層化しています。

 そして内容に戻りますと、話の軸は三つあります。一つはTV俳優が映画の中で演じる西部劇の劇中劇、二つ目は俳優が撮影中にスタントマンが一人で行動しているときの話、三つ目が実際にあったマンソンファミリー(信仰カルト集団)が本当に起こしたロマン・ポランスキー監督への襲撃事件の話です。

 これら三つが、それぞれが独立した映画としてしっかり撮られているので、見所はたくさんあります。だから途中で、劇中の西部劇がつまらないと思っても、1969年のハリウッドの街並みを再現している中にいるスタントマンの方を観ていればいいですし、その二つに興味がなくても終盤にかけてのマンソンファミリーの襲撃の話に注視すればそれなりに楽しめるはずです。

 つまり、内容としては何も深く掘り下げてないし示唆もないが、つまらないわけでもない多層構造を持った映画です。言い換えれば、ペイパーバック版のお手軽な多層構造のトーマス・ピンチョン風映画と言えるでしょう(そんな本はないですが)。

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 そして、この監督の良いところでもあり、悪いところでもある様々な映画のツギハギパッチワーク感はこの作品では薄いです。

 とは言え当然のことながら、全編通してそういった他の映画の様々な場面は出てはきます。しかし、作品の主人公が俳優なのでその俳優が劇中で実際やったこととして、TV画面や回想の中でまんま一緒のことを極力CGなしでやらせています。いつものタランティーノ監督のように、自身が観た映画でやっていて自分もやってみたいシーンを寄せ集めて、無理矢理話くっつけて作るオマージュパクリ映画にはなっていないです。

 だから、初めてといって良いぐらいシーンに整合性があり、かなり自然に話の内容とマッチしています。そして、だんだんと3つの別々に展開する物語が、面白さとは別にそれぞれが伏線となって一つの話になるので、脚本のうまさとしてはタランティーノ史上最高の出来になっていると言えるのではないでしょうか。

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 しかし、悪い見方をすれば、

 監督自身が別々に思いついた三つの映画の話が、そのどれも一本分の内容に膨らませることはできないが、そのバラバラな三つを組み合わせてみたら、結果的に映画一本としては成立させることができたぞということです。

 つまり、よく考えてみれば、同じように多層構造を持っていて、あくまでいい意味で薄っぺらいまま終始する代表作『パルプフィクション』に本作は近いかもしれません。だから、本作は監督の原点回帰の映画なのかもしれません。

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 最後に

 言い忘れましたけど、この映画の中にハリウッドの映画の撮影シーンは一切出てきません。ハリウッドという地域で生活している人たちの群像劇です。だから、映画で出てくる撮影シーンはTVのためのシーンです。

 つまり、ハリウッドの表と裏みたいな内容でもないです。本当に薄っぺらくて軽い群像物語ですから。だけど、最低でも三本分の映画のシーンはCGなしでしっかりとっているので、金かけまくりのやりたいシーン撮りまくり映画です。

 ただしそれでも、このパッチワーク監督が唯一持っているオリジナリティと言えるのが過剰すぎる暴力シーンで、やりすぎて逆にコメディシーンのように笑えてしまう面白さです。それが、煽り文句の「ラスト13分」に満載なので本当に見所です。

 そして監督は、実際にあったマンソンファミリーのロマン・ポランスキー監督襲撃事件も映画的にスッキリ解消してくれるので、そこは爽快感も満載です。また、最後の主人公の俳優の有名になったTVドラマの内容も、ロマン・ポランスキー監督の現状に対する伏線にもなっていたので、ニヤリともさせられます。

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 ところで、の映画の一番の見所になるのかはわかりませんが、この監督のフェチが全編通して出ています。

 まず、犬です。ブラッド・ピットの飼っているピットブルに始まり他の犬も鳴き声も含めて出続けます。出ている犬が利口で可愛いすぎます。ちなみにこのピットブルはパルムドッグ受賞したそうです。だからこそ最後の場面との対比になって笑ってしまうのですが、、、。

 次に、女の子の生足です。これでもかとほぼ全員の出演者の女性にホットパンツを履かせて、カリフォルニアにことかけて生足を出させ続けます。そして、あわよくば足の裏まで出させるという徹底ぶりです。この監督どれだけ好きなのでしょうか。

 最後に、アメリカらしく車です。フェンダーの長い四角いまさにアメ車みたいな車はもちろん、古いポルシェや、古ぼけて小ぶりなアメ車もありました。ハリウッドの大通りを往来するシーンで何度も走らせています。つまり、主人公たちが乗っている車以外も1969年頃の時代考証に合わせて、一つのシーンで往来させているのでその時代の車好きにはたまない内容でもあります。50年前の車で今でも走る車を一斉に走らせているので、よく考えたらすごいです。

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 あと忘れてました。この映画は煙草バンバン吸わせて、酒もガンガン飲ませます。ちょっと前まで昔はそうだったんですから。監督は昨今の健康志向に対して、どう考えているのかは言わずもがなです。

 そういったことも含めて、内容に飽きたらそこに注目して観てもこの映画は耐えられる内容になっています。つまり、観にいって疲れることはないはずです。本質的にこの監督は軽いですから。ただ、映画が3時間近くあるので足が長い人は要注意です。さすがにこの長さはエコノミー症候群みたいに膝が痛くなりますので、、、。 あと、邦題のタイトルどうにかならなかったのかな、日本語だと点も打つし無駄に長い、邦題は『ハリウッド』にしとけばよかったのに、でもそれだとタイトルのパロディにならないから無理か。というより、元ネタのタイトル映画見たことある人ほとんどいないだろ。

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